始祖鳥記 飯嶋和一
自ら空を飛ぶことに人生をかけた男 幸吉の生涯。
生来、優秀な男であり、表具屋や木綿布屋などの商いをすれば忽ち評判となり商売は繁盛する。
普通なら妻を娶り子を作り、商売を独占的にして拡大させ・・・となるのであろうが、幸吉はそこに心の安寧を見出すことができない。
彼が執心するのは「空を飛びたい」という純粋な望みだけである。
商売を弟や養子に任せて、飛ぶための試行錯誤に狂ったようにかかりきりになる。
他方、社会というものは専制政治下では腐る。腐った役人に腐った独占的な仕組みができ平民は日夜辛苦する。
幸吉の飛行チャレンジは社会の平民達の不満のはけ口となり、幸吉の預かり知らぬところで悪政に対峙するヒーローとなっていく。
幸吉は「ただ飛びたい」だけなのに社会がそれを許さない。
そんな時に味方になるのは、ダクダの思考を持つものだ。
ダクダの思考とは、そのものが生来持っている能力を最大限に引き出すことを本懐とする人。
あるいは、こんな人だ。
10人いたら優れ者が二人、バカが二人、残り六人はどちらでもない。しかし集団になるとこの六人はバカにつく、つまり皆バカ。
儲かると分っていても義に則さないからやらないというのは1000人に一人。
この1000人に一人の良心のような人。
幸吉は縁に恵まれて、飛行が原因で一度は全てを失うが再起する。
そして、また飛ぶ。
飛んでいる時に自分が自分でいられる。
この生は永遠(死)の中の泡沫の夢。社会生活などどうなろうと、生を全うしようという鮮烈な生き様があった。
経済的に安定し、家庭も安定している現在の自分自身に対して「オレは何をしたいのか」を改めて問うてくる素晴らしい小説だった。